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昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

65 久保田木灰

 我々の先祖はすでに平安時代から釉薬の原料として灰を使ってきました。
 この灰は、30%程の石灰を主成分としてマグネシア・アルカリ・マンガン・鉄・リン酸等から成っているのだが、松・樫・楢・栗・椿・杉・檜等それぞれ樹種によってかなり違う。しかし先人たちはこの違いを大いに利用して、いろんな焼き物を作りあげてきました。

 例えば、鉄分の最も少ないイス灰は、白い焼き物を美しく焼くのには欠かせない。この為にわざわざ延岡に灰の利用が目的でたくさんのイスの木を植林し、全国の窯業産地で使い続けたり、昭和の初めころは鉄道の枕木が大量に必要とされ、その製材の際に出る栗の木皮を焼いた灰が大いに窯業原料として使われてきました。
 また鉄分の多い灰は青磁・黄瀬戸等あえて鉄分を加えなくともそのまま釉となるので重宝されたりと、あらゆる釉薬に灰が使われ続けてきたのだが、成分が安定した上に安い石灰石が登場してからは、あっという間に使われなくなってしまった。

 しかし我々陶芸家は手間がかかる上、不安定で使いづらいのだが、この灰を使った釉にとても魅力を感じ、それぞれのやり方で灰を集め精製して未だに使っている。

 私が勤めていた旧熊谷陶料も、この灰の仕入れにはいつも困り、試行錯誤を繰り返していたのだが、九州の灰作り名人久保田に出会うことによって解消された。九州まで何度も行き、互いに酒を酌み交わし親交を深めながら、最高の灰を作り上げ、そして届けて貰っていた。

 例えば樫灰、同じ樫の木でも、どんな土壌で育ち、木のどの部位か、いつ伐採したか、どう焼くか、どれくらいアクを抜くか、フルイは何目が良いか等あらゆる条件を考え、安定した良質な灰を提供する為にはどうしたら良いかを、誰よりもこだわり手間をかけ研究し続けてきた。
 特に藁灰は、わざと荒く焼き、3年寝かせて自然に細かく分解させる方法を取ったりと、まさに名人でありながらどこまでも努力を惜しまない灰作りの第一人者であった。
 全国のこだわりある陶芸家たちは誰もが頼りにしてきたのだが、残念なことに2011年工場は閉められることになってしまった。ここでもまた大切な伝統技法が途絶えようとしている。

 どうしてか気になり調べてみると・・。大手の灰業者が新しい灰を作り始めたからであった。灰作りは手間がかかり値段が高くその上不安定である。これを解消する為に科学の力を借り、天然灰それぞれの成分を分析して、安い上安定した純粋原料をブレンドして、合成天然灰を作り上げていたのだ。私もこれを手に入れ試したが、まさに樫は樫灰らしく、松は松灰らしく、藁は藁灰らしく見事特徴をとらえてはいたのだが、私が知る天然灰とは雲泥の違いであった。
 きれいすぎ深みがないのです。この合成天然灰が安い値段で出回ってから、各地の本物の灰作り屋が段々となくなってしまった。

 皆さん、現在市販されている天然灰はほとんどが合成天然灰ですので、知っておいて下さい。
by ogawagama | 2012-03-07 09:25 | 65 久保田木灰