昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

144 ありのままに

 ありのままに使う。
 このことは陶器・木工・建築等、自然界の素材を扱う仕事に共通する真理であろう。

 ここでは宮大工の西岡常一の言葉を紹介したい。

「堂塔建立の用材は木を買わず、山を買え、そして自分で山に入り地質を見て、環境の違いによる木の癖を見抜け。」
「1つの塔を造る際は、あちこちの木をバラバラに買わず、一つの山の木を良く見て、うまく組み合わして使え。」
「木組みは寸法で組むな、木の癖で組め。木の癖とは木の心のことだ。」

それぞれ奥の深い言葉である。

 実際に、法隆寺や薬師寺の堂塔を建てる場合、口伝通り、一つの山で生えた木だけを使い、南側で育った木は南側に、北の木は北側にそれぞれ育った方位のまま使用した。
 ありのままに。
 だからこそ何百年経っても美しく品格があるのだと。どんなに良い用材を使用しても、癖を無視した建物は寿命が短いと言い切る。

 木を土に置き換えれば、そのまま優れた陶器が何たるかが見えてきます。
 素材にこだわれば良い仕事が出来るとは限りませんが。
 良い仕事をしている人は誰もが素材にこだわっています。

 現代の作家の多くが、数種類の粘土をブレンドして、扱いやすいものにして使っていますが、果たしてこれで良いのでしょうか。
 確かに備前の土に信楽の土を混ぜてもやきものにはなりますが・・・。

 木で言えばコンパネと同じではないだろうか。
 土それぞれが持つ癖を生かして、100年経っても200年経っても愛されるやきものを作ることこそが、我々陶芸家の使命のはず。
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by ogawagama | 2012-03-09 23:44 | 144 ありのままに