昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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121 自然釉

 電気窯やガス窯は直線的に温度を上げられる。その為作品はいつもきれいに焼き上がるものです。
 しかし薪窯は思うようにはなかなか温度は上がってくれません。

 下がることは稀だが、順調に上がっていっても1100℃辺りで止まることでしょう。
 何をしても上がらず、耐えて耐えてやっと再び上がってくれますが、また1200℃辺りで止まります。
 これを乗り越えてもまた1250℃辺りで止まってしまう。
 こんな感じで3回程のピンチを乗り越え、温度が上がっていくことが多いものです。
 その上1200℃を越えた辺りからは、一度にたくさんの量の薪を焚べるので、30~50℃下がっては、また元の温度に戻ることの繰り返しとなります。

 つまり作品の表面の、何ミクロンが溶けて灰がついて固まってのサイクルを、ずっと繰り返しているのです。

 窯の中の雰囲気も、薪を焚べた時は酸化炎、これが中性炎、還元炎に変わっていき、再び中性炎、酸化炎に戻ることが永遠に繰り返されている。
 この千変万化の炎が、作品を何度も何度も包んでいくわけですから、器の表面をガラスに例えると、電気窯は均一な1枚ガラス。薪窯は何百枚ものいろんな色の薄いガラス層と言えるのではないでしょうか。

 確かによく見ると電気窯のビードロ釉と薪窯の自然釉はかなり違います。
 薪窯のビードロはまさに炎の年輪の積み重ね。だから独特な深みがあり、何時間見ていても飽きないのです。

 このビードロ、窯焚き中、薪を焚べるごとに変わっていくのがよく分かります。器に灰がどれだけ付いていて、溜まっていき、溢れ、流れ出し、ひと焚べひと焚べで、数ミリ流れて止まり、流れて止まりを繰り返しているのが、目が慣れるとはっきり見えるものです。
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by ogawagama | 2012-03-08 23:07 | 121 自然釉