昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


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12 古田織部

 日本陶芸の創始者は誰か?私は古田織部と考えている。

 その織部が壮年の頃、利休と2人で、京都の骨董屋に立ち寄った時の話。
 そこには、見事な伊賀焼の耳付の花生があった。良いものだったのですが、左右対称に付いた耳が気に入らなかったので、2人は買わなかった。ところが2人は、共に未練があり、織部は家に着くなり急いでその花生を買いに戻った。利休は翌日買いに行くが、花生はなかった。
 それから数日後、織部の誘いで茶席に行くと、先日の花生に侘助が一輪活けてあった。ところがよく見ると、耳付の片方が欠けている。理由を問うと、「茶の湯では、完全なるものより不完全なものの方が風情があると思って取った」という答えに。さすがの利休も感服し、織部こそ我なきあとの後継者と決めた、というエピソードである。
 
 利休の後を継いだ織部は、偉大なアートディレクターとなり、今までの中国の模倣をやめ、日本独自の陶芸を創り上げていくことになるのです。
 確かに、中国の耳付はシンメトリーの完全なものです。それに比べ、日本のものは、釣り合いを気にせず無造作につける。ここに、日本陶芸の本質があります。しかし、この本質は見る側に思惟がないと分からない奥深いものです。
 
 完全なものには安定感があるが、どこか冷たく、余韻がない。これに対し、不完全なものには余韻があり、見る者に何かを感じさせ、考えさせてくれるものである。
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                          「伊賀花入」
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by ogawagama | 2008-12-06 16:56 | 12 古田織部