昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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129 窯変天目

 窯変天目とは、漆黒の釉面に大小様々な結晶が浮かび、その周りが玉虫色に光り輝いているもので、世界中で日本にたった3碗しかない貴重なもの。
 中国で宋時代に焼かれたと言われているが、その中国では一片のカケラすら出てこないという謎の多い焼き物である。

 しかし2006年土岐試験場から1つの研究が発表された。
 黒天目釉の器に鉛と銀を筆で塗り、900℃で焼き直すと窯変紋が生まれると。

 私もこの実物を見たが、まさしく窯変天目であった。
 更に驚いたことに青の紋様だけではなく、赤・緑・黄金・紺色まであり、研究員が現代の科学と知識を駆使し見事に作り上げたものでした。

 さて、ここからが私の推理。

 中国から持ち帰った黒天目茶碗、同じ形の黒ばかりではつまらない。そこで、ある数寄者がここに紋様を付けさせたのでは・・・。
 すでに鉛は楽焼きで使われていた。また、窯変天目が生まれた頃、日本は銀の産出量が飛躍的に伸び、手に入り易くもなっていた。この銀を新たに楽焼きに使わせたのではないだろうか。
 当時格下である日本に、あの中国が気前よくお宝を与え、手元に残さなかったとは考えられない。

 推理は続く。窯変天目の紋様が鉛だとすると、器の上に浮いているだけの鉛では、かなり毒性が高い。晩年の秀吉はもしや、この被害を受けていたのでは。
 
 そしてもう一つ。信長が本能寺で焼失させた窯変天目は、現存する3碗とは違っていたらしい。もしや赤の紋様だったのではないだろうか。
 土岐試験場で赤い窯変天目を見たときにビッビッときた。信長好みだと。
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by ogawagama | 2012-03-09 00:03 | 129 窯変天目