昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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21 先人たちの努力

 中国の昔話にこんなものがあります。

 陶工がいつものように窯を焚いていたのですが、窯の中は煙で満ちあふれ、温度が一向に上がらなかった。美しい緑色の銅釉を焼いていたのだが、窯出しをしてびっくり。器は釉煮えだったり、黒ずんだり、濁ったり、大失敗であった。しかし、窯の中央に1個、美しい血の色の器があった。見たこともない美しさで、時の皇帝に贈られることとなった。皇帝は感激し直ちに同じものを注文した。
 
 ここに、陶工の悲劇が始まった。
 作っても作っても、赤色は再現出来ない。皇帝からの再三の催促に、もう一度だけ試みると決心して、窯を焚いたのだが、陶工は勇気を失い、最後に自ら窯の中に飛び込んでしまった。しかし、その窯の中には、あの赤い器が焼けていた。
 
 これが、還元焼成の発見物語です。
 
 残された陶工の助手たちは、人間の体で赤の器が焼けるなら、豚でもいいだろうと、豚を投げ込んだ。再び、美しい赤色の器がとれた。
 
 彼らは、次には堅木、次にはワラ等、いろいろと試しながら還元焼成の基礎をつくり上げていくのだが、現在の知識、技術をもってすれば、還元焼成など誰もが出来るであろう。しかし、先人たちは、自らの命まで犠牲にしながら、こうして、道を切り開いてくれたのです。

 我々も、せっかく陶芸という道を歩むのなら、何か新しいことに挑戦して、道を切り開いてみたいものですね。

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            「酸化で織部になった」            「還元で辰砂になった」             
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by ogawagama | 2008-12-19 14:34 | 21 先人たちの努力