昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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25 陶工の生活

 
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1998年、私がこの地に来た時は、古い民家はありましたが、電気も水もない所でした。雨の日は天井を直し、床を作り、壁を塗る。晴れた日は瓦を敷き、鎌で草木を刈り、鍬で土地をならす。そんなスタートでした。
 一日の始まりは、太陽が昇ると小川で顔を洗い、生活用水を2杯汲むこと。そして作業をし、夜になると本を読む。こんな生活が2年続きました。
 
 なぜこの地を選んだか。それは、この山岡(岐阜県恵那市山岡町)が、陶土の里とも呼ばれるくらい、原料が豊富にあり、自由に山に入り原料探しが出来るからです。また、赤松も豊富で、これを冬の3ヶ月の間で切って割る作業は、今も続いています。 
 
 なぜこんな生活をするのか。
 それは、土(つくること)にしても、火(焼くこと)にしても、決して自然に逆らってはいけない、ということを体で分からせる為です。土や火の性質を呑み込んで、人間の側が合わせなければならない。人間が決して意のままに操れるものではない、ということを、自らが山に入り、原料を取り、精製し、木を切り、割る作業を繰り返す中で、常に学んでいたいからです。
 こうすることで、「万物の感謝」の念が自然にわいてきます。この域に達した時、本物のやきものが出来ると信じるからです。
 
 道が二つあれば、必ず険しい道を選ぶこと、険しい道は乗り越える度に必ず力となります。
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by ogawagama | 2008-12-19 17:10 | 25 陶工の生活