昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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29 窯ぐれ

 陶工が安住し、やきものを専業として焼けるようになったのは、江戸時代に入ってからのこと。それまでの長い間は、絶えず原料を求め、移動しながら流れ歩く陶工集団が、時代の移り変わりを反映しながら焼いてきたのでしょう。
 
 原料と薪の仕入れの関係から、窯は人里離れた山の中しか築けません。陶工はもちろんその近くに住んでいました。夏は毒虫、蛇等に悩まされ、冬は雪の中で凍え、生活していたことでしょう。その生活は、草が生えていては探しづらいので、11月~3月の間に狩猟や炭焼きをしながら、粘土を探し、窯を築く場を考え、春になると、そこに窯を築き、夏に粘土を掘り起こし、製土とし、作品をつくり、釉薬の準備をし、水を吸い上げていない秋に木を切り倒し、冬の間に薪をつくる。そして、春になると窯づめ、窯焚き。こんな季節の過ごし方をしていたのではないでしょうか。
 
 そして、薪がなくなると、次の地を探し移動を繰り返す、窯ぐれ集団がいたのでしょう。半農半陶を基本とし、時にスポンサーと出会えば、専業としてやきものを焼き続けてきた。この長年の苦労の下による技術が、今に伝わっているのです。
 
 ちなみに「窯ぐれ」とは、美濃地方で窯場の技術職人のことをいいます。

 製陶業のことを「窯屋」といい、昔は一つの窯屋にいたのでは腕が上がらない。腕を上げる為には「ぐれ」ないと一人前になれないと言われ、職人たちは「ここ」と思った窯屋に飛び込んでは、互いに腕を磨いてきた。こうして全国の職人たちが、ぐれ合い、やきもの文化を高めてくれてきたのですね。
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by ogawagama | 2008-12-20 13:30 | 29 窯ぐれ