昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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31 やきものの流れ

 人類が火を発見し、たまたま焚き火の跡に土が固まっていたことに気づき、土を焼くと固くなることを知ったのは、今から数万年前のこと。月日が経ち、今度は、土器にふりかかった燃料の灰が土と溶け合って、滑らかに光ることに気づき、灰ぐすりが考え出された。
 
 日本においても、5世紀ごろには、すでに、ロクロ成形、釉薬、窯が使われていました。鎌倉時代の瀬戸では、すでに、1200~1300℃の粗陶器が焼かれています。室町になり、瀬戸、常滑、信楽、丹波、備前、越前の、六古窯を中心に発展し、桃山時代は美濃を中心に、茶道の勃興と共に、志野、黄瀬戸、織部、瀬戸黒ら日本独自のやきものがつくられ、この流れが、京都、信楽、伊賀、備前、唐津に広がり、多くの名品がつくられていくのです。
 
 いつの時代も陶工は、山野をかけめぐり、土や石を探し、つくっては失敗して、つくっては失敗してをくり返し、その中から土石の性質を学び、炎と格闘しながら、やきものづくりを続けて来ました。
 
 変わって現代は、電話一本で、全国の原料が届けられ、マンションの一部屋でコンピューター制御の窯焚き。時代の移り変わりはすごいものです。果たして10年後、陶芸の世界はどうなっているのでしょうか。
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by ogawagama | 2008-12-20 14:17 | 31 やきものの流れ