昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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7 緋色の秘密

 
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                     「オレンジ緋色」
 
 志野の、あの美しい緋色はなぜ生まれるのでしょう。作家の経験論から、いろんな考えが記されていますが、どれも的を得ていません。
 意外にも、緋だすきの、以下の科学的研究結果が、その答えを導いてくれます。
 
 緋だすきとは、素地に稲わらを巻き焼成すると、わらを巻いた部分に緋色が出るというものですが、この時の素地の部分をX線回折法で調べてみると、他の部分が全てムライトで生成されているのに対し、緋色部分は、ガラス相とコランダムと赤鉄鉱が生成しています。
 コランダムは、無色、従って、あの緋色は赤鉄鉱の色、ということになる。つまり、ガラス相中に微細な赤鉄鉱が表面に分散している為、赤く見えるのだと結論づけられる。
 この赤鉄鉱は粘土に含有される鉄分が変化するらしく、その含有量は、2~3%が最適らしい。2%以下では赤くならず、3%以上だと、他の部分まで色がついてしまう。
 しかし、元々の粘土中には赤鉄鉱の存在はない。つまり、焼成過程で生成されてくるものなのです。
 
 緋だすきの部分は、素地の部分と違い光沢がある。ガラス相が生成しているのであるが、なぜこの部分だけに出来るのか。これは、稲わらが原因である。稲わらの主成分は石英(SiO₂)と、塩化カリウム(kcl)。粘土中の結晶水は焼成過程の500~600℃で脱水し、主成分のカオリン鉱物はメタカオリンとなる。この時、塩化カリウムがあると、このメタカオリンの中にカリウムが取込まれる。一方塩素は、脱水された水分と結びつき、塩化水素ガスとなる。このガスは、粘土中の鉄分を表面に集め、赤鉄鉱を生成させる。(塩化カリウムがないと赤鉄鉱は生成されない)
 しかし、温度が上がると、メタカオリン内のカリウムも、表面の赤鉄鉱も溶け始め、1250℃を越すと、完全に溶けてしまう。こうして焼き上がったやきものをそのまま冷ましては、溶け込んだままで、透明なガラス相しか出来ない。ところが、これをゆっくり冷ますと、1150℃から、溶解していた鉄分が赤鉄鉱として再結晶化する。理想は1時間に12℃。(ピークは1050℃付近)しかしこの時、窯内の雰囲気が還元状態であっては赤鉄鉱は生成されない。
 これが、科学的に解明された緋だすきの、発生メカニズムである。

 私は緋だすきも焼くので、納得いくことばかりである。と同時に、志野も焼くが、まさに志野の発生メカニズムも、この通りではないだろうか。
 
 なぜもぐさ土を使うか。これは、美濃の一般的な粘土中の鉄分が、0.40~0.72%に対し、1.24~1.48%と多いことが上げられる。
 なぜ平津長石が良いのか。他の長石の鉄分が0.03~0.17%に対し、平津長石は0.30%と多く、また、アルカリ分も最も多いからである。また、釉薬にたっぷりのにがりを入れるのは、これで塩素ガスの発生も促していたのです。
 昔は、薪窯で焚く時、サヤの底にはワラやもみがらを敷いていましたが、これも幸いしていたようです。
 
 経験に基づく「感」と「科学」は、現代を生きる陶工にとっては、相反するものではなく、車の両輪と、私は考えています。
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by ogawagama | 2008-12-05 14:52 | 7 緋色の秘密