昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

カテゴリ:43 美濃の土( 1 )

43 美濃の土

 「志野、黄瀬戸、織部、瀬戸黒」茶陶の代表といわれるこれらのやきものが、なぜ、美濃の地で生まれたのでしょう。その答えは、いい土があったからです。
 
 それでは、こんないい土がどうして出来たのでしょう。それは、広い水簸の桶に、良い原料が、ゆっくり堆積されたからです。しかし、志野には志野の土、織部には織部の土のように、いろんな土があるのは何故?
 
 粘土鉱山に行くとよく分かりますが、粘土層がバームクーヘンのように何層にも分かれており、それぞれ質が違います。これは、広い湖のあちこちに、大萱山、大平山、久々利山、多治見山、土岐山、等の島があり、長い年月の間に、浮いたり沈んだり、また、時に起こる天変地異によって、白い砂婆のような風化物を一挙に流し込んで、蛙目の層、木節の層を作ったり、時に特殊な層をつくったりしたからです。
 
 この天変地異が起こる確率は、700年に1回だそうです。つまり、1万年の間には、14~15回の天変地異が起きていたのです。こういった自然現象が必然なのか偶然なのか、いろんな粘土を作ってくれたようなのです。
 
 ちなみに、瀬戸と美濃の土の違いは、美濃は瀬戸より、若い新しい土の為、低温時の焼き締まりが弱いのが特徴。つまり、1250℃程度では土は焼き締まらず、柔らかさが残せ、いつまでも土っぽい。これが、茶陶に好まれる理由です。
[PR]
by ogawagama | 2008-12-21 14:16 | 43 美濃の土