昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

カテゴリ:77 イサム・ノグチ( 1 )

77 イサム・ノグチ

 世界各地でいろんな芸術活動を行ってきたイサム・ノグチが、日本に来た時のエピソードである。
 
 誰かのアトリエを借りて、一生懸命どろんこになって作陶に没頭していたところ、友人がそれを見て、
「ノグチさん、一体それをどうやってアトリエから出すのですか?」と聞いた。そんな大きなものを出す戸口がない訳です。ところがノグチは平然と、
「俺はそんなことはまだ考えていない。運び出すことなんか考えて作品を作ったって、ろくな作品は出来やしない。出す時は出す時に考えれば良い」と言った。
 
 結局それは、戸口を切って出したそうですが、確かに我々は、制作する場合、焼くことや運ぶことを考えて、まぁ大きさはこれくらいにしておこうと計算しがちですが、これでは決して本物は出来ませんよね。
 制作とは、常識的なものへのとらわれとの格闘でもあります。この壁をぶち破った時、他人を感動させられるものが出来るはずです。本来これこそが作家としての生き甲斐でもあります。
 
 確かに湯呑一つ作るにしても、これをどうしても作りたいというエネルギーがなければ、決して良いものとはならないはずです。計算や常識や慣れは、作家にとってはタブーでしかありません。

 慣れた陶芸家とばかり付き合いをせず、時々は他の分野の芸術家に会い、刺激を受けることはとても大切なことだと思います。
[PR]
by ogawagama | 2012-03-07 10:41 | 77 イサム・ノグチ