昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

カテゴリ:141 畏敬の念( 1 )

141 畏敬の念

 アインシュタインもニュートンも、晩年は、自然への畏敬の念を常々、口にしていたと聞きます。
 人は、仕事の内容に関わらず、一つの道を追求し続けると、皆この境地に達するようです。

 毎日起きている何気ない出来事も、人はつい、当然のことのように思ってしまうのですが、よくよく考えてみると、全てが偶然ではなく、必然であり、回りの全てのものに影響を受け、影響を与えています。

 私も、1億年前の火山活動によって生み出された花崗岩が徐々に風化し、500万年前の湖に堆積され、1万年以上かけて分解され粘土になった、そんな途方もない歴史の産物を毎日扱わせていただき、私の年齢より上の赤松(30~100年もの)を、切り、割り、その命をいただいて窯を焚かせてもらっています。

 この窯焚きも、私の窯はあえて煙突やダンパー(炎量の調整板)を付けていない為、自然の影響を直接受けてしまいます。
 すると、晴れた日には、鮮やかなグリーンのビードロ、雨の日には神秘的なブルーのビードロとなり、春は明るく、秋は渋い色合いに焼き上がります。
 
 こんな窯を、すでに100回以上焚いている為、「自然への畏敬の念」は増すばかりです。
c0180774_13422627.jpg

[PR]
by ogawagama | 2012-03-09 15:42 | 141 畏敬の念