昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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74 狂人唐九郎

 専門家以上に陶史に詳しく、原料のことも何でも知っているし、ロクロも見事で、どんなものでも作ってしまう。頭が良く、神経質で、正直だが、世事にはうとく、気も利かず、一張羅の洋服をいつも泥まみれにし、帽子もどこかに忘れてきてしまう。不眠不休で地図を引いたと思えば、その地図を忘れて現場に行ったり。まさに「型破り」な男?
 当の本人も、「わがままだけが今日の私の全てを形作っている」と言っていたと。

 そんな唐九郎の哲学は、
「人間は欲望を捨てることができない。この自己の欲望を満足させようと思えば、相手を傷付けてしまう。相手を傷つけないで、自己の欲望を満足させていく唯一の方法が、芸術である。宗教によっても救うことが出来ない人間の欲望を、芸術だけが救ってくれる。」と。

 最近ようやく、「芸術+哲学=美学」というジャンルが確立されてはいるが、何故、誰よりも早く、こんなことを考えついていたのであろうか?
 
 実は彼、青年時代は、持ち前の行動力から、実業家を夢見ていろいろやったのだが、全て失敗。クリスチャンになったり、ドイツ人捕虜にバイオリンを習って音楽家にもなろうとしたが全て挫折。そんな彼だからこそ辿り着いた自分なりの哲学だったのでしょう。

 そして、最後に「陶芸」こそが、我が道と悟ったらしい。
 そんな彼が、やきもの作りでまず始めたことが面白い。
 なんと! 陶器がどうして焼かれ始めたのか、その起源から探り始めたのだ。
 持ち前の凝り性から、日本のあちこちだけでなく、海外までも含め、古窯をひっくり返して、とうとう「黄瀬戸」「永仁の壺」事件まで引き起こしてしまうのだが、彼ほど、土、釉薬、窯、技法、陶史等、幅広い知識を持った人物はいない。いや、これからも出ないであろう。
 まさに「狂人」。
 
 死ぬ直前まで、この生き方は変わらず、新しい原料・知識を求めて動き回り、試験を繰り返していた。無冠でありながら、数々の伝説を作り上げた唐九郎。もしかしたら、そのエネルギーの源は、若い頃の挫折だったのかも・・・。
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by ogawagama | 2012-03-07 10:40 | 74 狂人唐九郎