昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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70 武野紹鴎

 「茶の湯の開祖」と言えば、室町中期の珠光だが、まだあくまで唐物であり、日本独自の美学にまで高めたのは、「茶の湯 中興の祖」と言われる武野紹鴎であろう。
 その後、彼に学んだ千利休が禅を背景とした草庵の茶の湯を完成させたと言われているが。
 私は、紹鴎茶道がとても好きである。

 彼は、徹底して五感で研ぎ澄まし、「無」イコール「冷(ひえ) 凍(しみ) 寂(さび) 枯(からび)」という美意識を築き上げ、この美を完成させる為には「一生稽古」しかないと考えていた。つまり、生涯をかけ、この道を全うして初めて完成するという、かなり高いハードルの美学を持っていた。

 そんな彼のスローガンは「古い道具をもって、新しい創意を楽しむこと」
つまり、一見、無表情、無名の器の中に、新しい美を看破するといった「創作」する心を大事にした。
 そしてもう一つの「一生稽古」とは?今でも茶の湯は、稽古に始まって稽古に終わると言われているが、もちろん稽古が最終目標ではないが、道を極める為には、自らの一生をかけて、稽古に励まなければならないと考えていた。

 具体的には、
15~30歳までは、万事師に委ね、
30~40歳までは、茶の湯の骨法を習い、
40~50歳までは、師を離れ、50~60歳までは、名人の所作を手本とし、
70にして、ようやく道極まるもの。

 芸道としての茶の湯の深化を、人間の一生というスパンの中で考えた。

 また、真の充実は、厳しい環境の中でしか得られないと考え、茶席、茶庭、茶道具、全てにおいて、常に高度な緊張を求めた。華やかなお稽古ごとのような、現代の茶の湯からは想像し得ない世界であったろうが。

 私は、本来の厳しいの茶道に強くひかれている。
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by ogawagama | 2012-03-07 09:51 | 70 武野紹鴎