昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama

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58 釉薬の歴史

 焼きものの始まりは、何かの偶然で土が火によって固まることが分かったことでした。こうしてボディーを作って焚き火で焼き始めました。ところがこれでは水が漏れてしまう。だから土を細かくしたり、一生懸命表面を磨いたりしていろんな工夫を重ねてきました。

 またある時、焼く温度が高くなると土がさらに固くなることに気付き、焼くときに覆いを作り始め、窯が生まれた。これを改良し続け、焼成温度が1200度程まで上がるようになった。

 すると燃料に使っていた木の灰がボディーに付いて、そこから溶けて光沢が出来ていることに気付き、釉薬の発想が生まれることになった。しかし灰をただ塗りつけただけでは剥がれたり流れたりしてしまうことが多く、どうしたら安定した釉薬となるかの研究が始まった。
いろいろ試され、いろいろな釉薬が作られていく中、長石の発見が釉薬を大きく発展させてくれた。長石は溶かす・つなぐ・ガラスの三要素すべてが揃う釉薬の万能選手だったから。

 こうして長石・灰・含鉄土石の組み合わせから、志野・黄瀬戸・青磁・瀬戸黒・天目・古瀬戸・アメ釉・そば釉等が生まれた。
長石・灰・藁灰の組み合わせから透明釉・萩釉・唐津等が生み出され、ここに銅を加え、織部・辰砂等、次々に新しい釉薬が作られて行った。

 そして産業革命を機に飛躍的に焼き物が進化し、もはやどんな雰囲気の釉薬も作れるレベルには達してはいるのだが・・・。
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by ogawagama | 2010-04-22 12:00 | 58 釉薬の歴史