昔は窯場の職人のことを「窯ぐれ」と言った。全国の窯場を渡り歩き、今、尚、陶工、原料屋として、昔ながらの窯場の知識、技術を唯一引き継ぐ小川哲央の随筆をお楽しみ下さい。 (2012年3月改訂しました)


by ogawagama
 縄文のやきものは、まさに我々日本人の祖先が生み出した、日本独自のすばらしいやきものです。
 時にユーモラスであり、時に力強く、時に優しくもあるが。
 全てのものに共通するのが、敬虔な祈りが込められており、神聖であり、生命力が備わっているところでしょう。

 しかしその後は、やきもの先進国、中国・朝鮮に学びながらとなり、何だか日本人らしくなく、借り物のやきものが続きます。

 桃山になってやっと、茶道の力を借り、再び日本人らしいやきものを誕生させることになる。
 当初は詫び寂びの精神から始まったのだが、時代の要請と共に段々華やかとなり、元禄の世に大きくその華が咲き乱れた。志野・黄瀬戸・織部・瀬戸黒・唐津・備前・伊賀等。

 しかしその後は、磁器が生まれたのを機に、伊万里・九谷・柿右衛門・金襴手の時代となり、海外への輸出産業に移行。
 この間仁清・乾山・光悦らの名工も生まれ、いつしか、世界をリードするまでに発展してきた日本のやきものであったが、産業革命を機に一気に変わることとなる。

 自然界に転がる石や土を生かし、薪窯で焼く今までの日本らしいスタイルではなく、科学の力を利用し精製された鉱物を使い、安定したものを大量に安く焼く窯業の時代へと移っていく。
 板屋波山・河井寛次郎・濱田庄司らが美しい焼き物も作りはしたが、西洋の窯業理論からのアプローチであり、日本古来のやきものではなかった。

 戦後この流れを変えたのが、唐津の中里・備前の金重・美濃の豊蔵・萩の休雪・瀬戸の唐九郎ら。
 同じ時代に、それぞれが違う場所で、桃山の古窯跡の陶片を頼りに、途絶えていた昔ながらの日本独自の技術・原料・窯を復活させた。

 こうして彼らの努力の恩恵を受けて今の陶芸界が存在している。

 現代のやきものは、東洋と西洋が混然としています。
 単にやきものと言えば、磁器が80%、これらはすべて石を焼き固めたもので、西洋理論からのアプローチによるものです。

 これに対し、土を焼き固めたものが陶器。
 この陶器も、西洋理論からのアプローチが主流ですが、私は昔ながらの東洋理論が大好きです。
 多くの生物を育む大地の素材「土」を、薪の炎で焼き上げた器。
 日本人はこれを神聖なものと考えて縄文時代からずっと大切に使い続けてきました。

 この伝統を私は大切に引継いでいきたい。
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# by ogawagama | 2012-03-09 15:08 | 135 日本のやきものの流れ

134 茶道

 私は茶道の神髄を「もてなし」と考えている。

 茶席においては、主人はいかにして来客をもてなすかに心を砕き、客は主人のもてなしの心を、どのように上手に受け止めるかに、心を配るものである。

 ある人が、桜の季節に花見に出かけた。
 美しい自然の桜の花、小鳥のさえずりを十分堪能した後に、知り合いの茶人の所に立ち寄ったのだ。
 この家の主人は、あらかじめ客人の来ることを知らされていたので、準備して待っていた。
 茶室に通されると、通常ならば、床の間にかけてあるべき軸も、絵も飾っていない。
 主人が挨拶した。
「お花見の帰りにお立ち寄りと伺っておりました。さぞや美しい桜の花、小鳥のさえずりをお楽しみになったでしょう。せっかくの美しい自然の感覚を、人の手を加えた絵や、花で乱してはいけないと思いまして、床にはなにも飾りませんでした」
 と言い、一服の美味しいお茶を点てたと。

 通常床の間には、書か絵を飾り、花を活けておくべきなのに、あえて取り除いて、花見帰りの客を迎える席をしつらえる心配り、これこそが、「もてなしの心」である。

 相手を思いやる場とは、快いものであり、また、帰った後も、その余韻がいつまでも残るものです。
 その場その時に応じて、相手のことを思っての、臨機の対応こそが、人に安らぎと感動を与えてくれるものです。
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# by ogawagama | 2012-03-09 15:00 | 134 茶道

133 花生

 花入れの中で、最も位が高いとされるのが伊賀。
花には、必ず水の雫を添えるというのが華道の基本ですが、この伊賀は花同様に、水に濡らしてはじめて目覚めるように、美しい「生色」を放つ特徴を持っています。

 伊賀は、1350℃を超える強い火度で焼き上げられます。
くべられた薪の灰や、煙が降りかかって、花入れの体に着いたり、流れたりで、それが自然な感じの釉薬になる為、「自然釉」と呼ばれます。
この景色は陶工の手による人工ではなく、窯の中の炎の技ですから、「窯変」ともいわれます。

 この伊賀焼の荒々しい肌合いは、水分を含むと、艶な照りを見せ、野の花との相性が良く、その美しさは何時間、いや、何日眺めていても飽きません。
 
 道元もいう「春は花 夏ほととぎす 秋は月 冬雪さえて冷(すず)しかりけり」
 
 日本人を日本人たらしめているものを、私は四季、そして雪月花を愛する心と考えます。
忙しい今の時代だからこそ、雪にたわむれ、月を眺め、そして、時々は花を生け、楽しんでみてはいかがですか?
伊賀の花入れなら1ヶ月はその美しさが眺められることでしょう。(焼き締めの花入は、水分や花を活性化する、遠赤外線波長が永久に出続ける為、花が長持ちします。)
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# by ogawagama | 2012-03-09 14:56 | 133 花生

132 花

 老若男女、人は皆、花を愛でる心を持っています。
 
 はるか昔、原始時代の頃から、すでに男というものは、愛する女性に花束を捧げていたのではないでしょうか。
 しかしこれこそが、動物と人間の違いでもあり、動物であった我々の先祖が、「無用の用」を知った時、人間になったとも言えましょう。
 
 以来ずっと、喜びや悲しみを表現する際に、いつも花を必要としてきました。人は花と共に、食べ、飲み、歌い、踊り、戯れてきました。結婚式には必ず花を用いますし、花無しに死ぬことも考えられません。花の無い世界を想像するだけでぞっとします。

 花は病んだ心には慰めをもたらし、疲れた心には光を照らしてくれます。花には不思議な力(パワー)が秘められているようですね。

 昔は、どこに行っても、自然の花を眼にすることが多く、弱った心に力(パワー)を与え続けてくれていました。それが最近では、めっきり生花と出会うことがなくなりました。
 その上、眼にするもの、手にするもののほとんどが、人工的なものばかりです。

 皆さん、こんな時代だからこそ、自分の為にも、他人の為にも、花を楽しみませんか。

 まずは、焼き締めの一輪挿しに、花を挿すところから始めて下さい。
 遠赤外線波長のおかげで、普通の花瓶より、2~3倍は花が長持ちします。せっかくの花の命と、少しでも長く関わりあう為に。
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# by ogawagama | 2012-03-09 14:40 | 132 花

131 茶室

 15世紀、武野紹鴎によって骨格が作られた、四畳半の世界「茶室」。その多くが、木と竹で作られ、まるで掘っ立て小屋にしか見えませんが、実はそこに、日本独自の哲学がびっしり詰まっています。

 実は、茶室はとにかく「簡素」、だからこそ世俗離れし易いのです。下界のわずらわしさから逃げ易く、聖域になり易く作ってあるのです。
 空間としても、インテリアとしても、余分なものがない為、心乱れることなく、すんなり自己集中が出来得るのです。
 例えば異なった音楽を同時に聞くことが出来ないように、何かに集中するには、西洋の建物のように広く、その中には豪華にあれもこれも並べてあっては、自己投入しづらいものです。また、均整のとれたものは想像力をなくさせます。だから、あえて、非対称のものしか取り入れません。

 簡素さが集中力を高め、心を癒し、非対称なものが、新たな想像力を次々に湧き立たせてくれるのです。

 このような話を聞いてから、茶室に入ってみると、確かに細部に至るまで、いろんな配慮がされていることに気付けます。
 最高の素材を、最高の職人が形にする為、実際にはどんな豪華な城よりも、お金がかかっているものもあります。
 茶室は小さいけれども、確かに日本の最高建築の一つです。
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# by ogawagama | 2012-03-09 14:34 | 131 茶室